父よ、母よ

本当に時々だけど、昔のことを思い出す。
まだ小学生ぐらいの頃、今から35年ぐらい前のこと。

父は美容師で自宅を美容院に改造して経営していた。
母は美容師学校で父と出会い結婚した。
子供ながらに順風満帆に見えた。
そもそも父は「サラリーマンが嫌だ」と独立をした。
父の父(お爺ちゃん)の紹介で入社した郵便局をこっそり辞めた。
ばれた時は相当怒られたらしい。そういう時代だ。

だがそんな美容院を辞めてしまった。
会社を作るためだ。
「美容院では事業を拡大できない」という思いかららしい。
おもちゃの卸問屋を始めた。

周りからすれば「おい、やめとけ。手に職があるじゃないか」と反対されたに違いない。
だけど父は自分の信じる道を選んだ。
そして、そんな無謀の道を選ぶ父に母はついて行った。
きっと周りから「止めなさい」と言われていたに違いない。

そんな父と母は起業時にとてつもない苦労をしていた。
僕はうっすらと記憶に残っている。

薄暗い工場におもちゃを透明の袋に詰めて、タグをつけて、紐をつける。これを延々と繰り返してた。
僕は特に何も考えていなかったけど、今思えばこれが最初のビジネスのは学びだったのかもしれない。
おもちゃという一つの物に対して「売る」という行為にする。
タグをつけることで、どういう商品かをお客さんに伝える。
紐をつけることでディスプレイしやすく手に持ちやすくなる。

この時うちは相当の貧乏な時代に突入していた。
美容院時代の生活はもはやない。

「あんなカレーが食べて見たい」とテレビのCMを見ながら母に言った。
というのもウチのカレーはスープのように薄かったからからだ。
カレールーを半分にして作ったのだと思う。とろみがないカレーだった。母の節約術である。
だけど子供にはそんな都合が分かるはずもなく、単にCMとの違いに不思議にしか思っていなかった。
友達がみんな野球をやっているのでグローブが欲しいとおねだりした。母は僕を連れて問屋さんを回った。傷がついて販売できないグローブなら安く買えると思ったからだ。
他人からすればスープカレーも問屋グローブもカッコ悪いことかもしれない。
だけど僕はそんな母を偉大だと思っている。
「生きるとはそういうことなのだ」

このことを思い出すとスタバだろうとどこだろうと自然と涙が出てくる。
父と母の苦労の上に、今の自分がいるのだと思う。
どのように感謝を伝えるか、言葉で伝えるのもその一つ。

だけど一番いいのは「幸せである」ことを伝えることだろう。
Facebookで日常のことを書き続けている。
それはほぼすべて両親への「俺、幸せだぜ」というメッセージだ。
美味しいご飯を食べて、楽しく遊んで、好きなことをやっている。
それを伝えるためにやっている。
東京と愛媛という距離をすっ飛ばして日常を伝えられる。
この時代、インターネットとFacebookという存在にも感謝だ。

今日も僕は生きている。そして今日も幸せでいる。


PAGE TOP