そろそろ書くか、与沢さん関連について

facebookとかで与沢さんの資金ショートの件で、こんなことを書いている人を何人か見かけた。

「いつか、そうなると思ってた」

なるほど、与沢さんの無茶苦茶とも言えるお金の使い方に対して、そういう風に思っていたんだ。

だけど、それ嘘でしょ。
本当はそんなこと考えてなかったでしょ。
思っていたことは「そうなってしまえ」でしょ。

「そうなる」というのは予言であり、
「そうなれ」というのは願望なのだ。

つまり「いつか、そうなると思っていた」なんて言っている人は、予言をしていたのではなく、「いつか、そうなってしまえ」という願望を持っていたということだ。

予言と願望

与沢さんの件にかぎらず、こういう「予言と願望」の区別ができていない人がとても多い。これは別な言い方をすると「あなたは自分の考えが自分で理解できていない」ということに通じる。

そんなバカなと思うかしれないけれど、意外と自分自身のことがわかっていないことが多い。「あー、俺は俺のことよくわかってねーや」と思えるか。思える人は多分、願望と予言の区別はついてる。

区別のない予言と願望をどうせするのならば、自分の未来に向かって予言を語り、願望を語ってみればイイ。

 願望「50歳になったら自由奔放な生活をしたい」
 予言「50歳になったら自由奔放な生活をしている」

予言だと思いながら願望を言うな。
願望なんかどうでもいい予言するように自分に言い聞かせる。

予言をした途端、なすべきことがわかってくるよ。
それが新しい未来をつくる。

与沢さんを私がどう思っていたかというと「今後、どうなるんだろうなー」と思っていた。つまりは予言もしなかったし、願望もなかった。
いろいろ噂を聞いていたし、裏情報であれこれ予測はできたけど、でも予言も願望もしなかった。いわばニュートラル。それでいいと思う。

IBR

Posted by ライトニング 今村 吉宏


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