最近「意識高い系」というディスりが目につく

Twitterをつらつら見ていると「意識高い系」という言葉を目にするようになった。
例えば、直近では九州での地震で「ボランティアにいこう」「募金しよう」「物資を送ろう」と積極に活動する人たちのことを「意識高い系」と揶揄する。

もともと「意識が高い人達」というフレーズでセミナーの募集がされていたりしたので、それに参加する人たちをのことを指して使われていた。
それが「俺ってイイコトしている」という感じの人を指すような意味合いになっているような気がする。

どうでもいいや、といえば、どうでもいい。

なんとなくだけど「意識高い系」というのは「情弱」という言葉と近い認識で、コレを言う人達は「おれは違うから」「意識高い系じゃないから」「情弱じゃないから」という感じで使っていると思われる。

「情弱」は情報を知らない、というよりも「情報を調べようとしない」人たちだと私は思っている。
「意識高い系」はそういう感じで捉えたら「自らの力で成長しようしない人たち」となるのだろうか。

うーん、どうもよくわからん。
こういう生まれ出た言葉の定義はどんどん変わっていくので、最初の定義と全然違ったりするから、使いドコロが難しい。

書いてて、落とし所がわからなくなってきた。^^;

どっちにしろ「意識高い系」「情弱」と人を揶揄する人は「変わろうとしない人」だと思っている。
変わろうとする、故にすがろうとする、故に「意識高い系」「情弱」となる。スタートは「今を変えよう」という気持ちがあること。

それを批判する人たちは「今を変えよう」とすら思っていないのだから、私からすれば「お前らもダメだ」と言いたいのだ。

まーー、こんなことをSNSで書いたら炎上しかねないので、ここでしか書かないけどね。