和佐大輔批判

先ほど、第4回目のビデオを見た。
毎回だけど内容が濃いなー。
僕のある一面は体験しているので、和佐さんの伝えようとしていることは理解しているつもり。
だけど、やはり未体験の部分は、やってから始めて理解できるんだろうな。

今度、ツールの月額サービスをスタートするつもり。
通信講座とは違うんだけど、通信講座のように「伝える」ということも、ものすごくやりたい。
本音のところ僕がやりたいのは、ツール販売ではなくて、お金の話を伝えることなのだ。

さてさて、今回のビデオでもコメントが募集されて、書き込みが増えてきている。

そして、毎度の如く「和佐大輔批判」の書き込みが…。
こーゆー人達はどこにでもいて、どこの掲示板でも登場する。

批判に対して批判すると「信者だ」「ムキになってる」と返事。
まぁ何を言っても自分の方が上の立場でだと言いたいのだろう。

ま、僕的にこういう人達に人生のアドバイスするとしたら…

「死ねばいいのに…」

京極夏彦氏の小説のタイトルです。
もちろんネタとして書いてますからね。^^

自分が正しいという思いは誰しもが持っている。
それはそれでいいんだけど。
その思いを強制することはできない。

街角で「カラオケ安くしますよ」という人の話には絶対に乗らない。
声を掛けるということは、声をかけないと集客できない店。と判断できるからだ。しかし、一緒にいる友人が「安くー?、本当にー?」とか話をしだしたら、僕は黙って見ている。
友人にとっては、それが「得だ」と思っているわけだから、その思いを否定しようとは思わない。

和佐大輔の意見と合わないのであれば、黙って消えればいい。
わざわざ批判して、反論も批判して、「俺が正しい」と一人ご満悦。
なんか悲しいなぁ。
同情すら覚える。

一方「和佐さんぐらい稼いでから言え」という意見もどうかと思うが。
稼ぎで人間レベルが上がるわけではない。
たしかに多くの人から「ありがとう」と言われているから、お金を得るのだから、ひとつの基準にはなり得る。
だけど、それだけが基準じゃない。

僕らが知っている和佐大輔はホンの一面でしかない。
実は、あんなときは、あんなことを、あんなふうに…。
ひどーい、信じられなーい、やだー、
という面が絶対あるはずだ。知らんけど。^^

批判というのは実に簡単で、はっきり言ってバカでもできる。
しかし、褒めるということは、なかなかできるものではない。
それはある意味自己否定を伴うからだと思う。
「俺はできてないな」という部分が褒めるにつながる。
同じようにできれていれば「そりゃそうだ」となる。
そして理解できないと批判になる。

ついでにいうと年齢で云々とは、ほんとうにマヌケな意見だしなぁ。

僕は子供の頃、大人はみんな天才だと思っていた。
それは「いろんなことを知っている=天才」という実にたわいもない理由だったんだけどね。
それが中学生になって気がつく。

「バカな大人は存在する」という事実。

これはマジでびっくり&ショックだったなー。
「早く大人になりたい」という思いに急ブレーキがかかったし。
「俺もバカな大人になるのだろうか」という思いもあったり。

多分、僕はバカな方ではないと思う。
大学なんて必要性を全く感じなかったので、受験なんぞ1秒も考えたことがない。
自動車免許も必要性を感じなくて、30過ぎてからようやく取った。
(仕事上、免許がないと困ったので)
そんなオイラがネットビジネスで独立して生きて、会社作って、さらにでかいことやろうとしている。

そんな多分バカではない僕は、和佐大輔は天才だと思うぞ。

この日記、批判したくなったら、黙って消えろ。

IBR我思う

Posted by ライトニング 今村 吉宏


PAGE TOP