愚痴る人達、ドヤ顔の人達、どちらも反面教師

お久しぶりにKFC(ケンタッキー・フライド・チキン)でランチした。下北沢に住んでいたときは近所にあったんだけど、残念ながら閉店。それをキッカケにしばらく遠のいていたんだよね。今の場所に引っ越してから、またまたご近所にKFCが復活(ま、自分が来たわけだけど)。あのケンタのチキンの味を味を楽しむためにやってきたよ。

手が汚れるのは嫌だったので「チキンフィレサンドセット」を注文。ドリンクとポテトが付いたオトクなセットだ。待ち客もいなくて、すぐに出てきて、2Fの席へと向かう。ランチタイムを外したので全然混んでいなくてラッキー。

あ、ついでだけどKFCも全店全面禁煙になったんだよね。素晴らしいぞ。しかし、元喫煙席のエリアは壁、天井、床にガッツリタバコの臭いが染み込んでいて、タバコ臭い。禁煙席なのに!。とても居られなかった。なので元々の禁煙席の場所へ。

隣には若い二人のOLがいた。隣なので否が応でも話が聞こえてくる。特にこちらは1人だったから余計に。内容は兎に角、ずっと会社の愚痴。「仕事が多い」「上司がウルサイ」「こんなのありえない」「意味がわからない」「はっ?て感じ」「あり得なくない?」とか、そういう言葉がバンバン出てくる。

あまりにネガティブな話しで全然チキンフィレサンド・モード(んー、美味い、というモード)になれないよ。仕方なく、インナーインのイヤフォンをしてガンガン音楽かけてごまかした。愚痴を言っている時の顔、美しくないよ、お嬢さん。その愚痴を聞いてしまった私の顔にも眉間にしわがよっていただろうけど…。

しばらくして2人は仕事に戻った。そこでノンビリと時間を過ごしていたわけだが、しばらく後2つの凶悪なグループがやってくる。1つは3人のママさんグループ。話の内容から小学生の子どもを持つグループらしい。

え?イヤフォンをしているのに話が聞こえたのかって、えぇ聞こえました。何しろ声がデカイので。3人のママさんにボリューム機能がないので丸聞こえですよ。えぇ。

話の内容が、担任を締め上げて泣かしやってとか言いながらケラケラ笑っている。お相撲さんみたいにデブなお母さんだったけど、そういうの自慢なのかな。私からすると品性の欠片も感じない底辺モンスターペアレントにしか思えないんだけどね。こういう親もいるんだなーと、その子どもには反面教師として強くたくましく育って欲しいと密かに思ったよ。

そうそう3組目。ママさんグループと同じぐらいのタイミングでやってきた。こちらは家族みたい。年配のお父さんお母さん、そしてすっかりオッサンな息子。話し方から親子と解る。

え?イヤフォンをしているのに話が聞こえたのかって、えぇ聞こえました。何しろ声がデカイので。3人家族御一行にボリューム機能がないので丸聞こえですよ。えぇ。

家族みんなで「お前のここが悪い」「あれが悪い」「あのときは、こうすべきだ」とか、甲高い声で叫び合っている。ケンタッキーの商品にも「こうあるべきだ」みたいなトバッチリがあったりして、基本的にこの家族は、愚痴コミュニケーションで会話をしているのだなと思った。心理学では1日の6分の会話が夫婦と家族の絆を深めるということだから、きっとこの家族は深い絆で結ばているのだろう。罵り合っていても、きっと…きっと…(な、わけねーな)

偶然にも3組の “愚痴ラー” のみなさんに直面したんだけど、ケンタッキー・フライド・チキンに罪はないはずだ。偶然の産物にすぎないだろう。そう思わないと、もう来れなくなるなってしまうよ。

そう言えば、思い出した。

あるとき「なぜ、値段が高い店にいくのか?」という話になった。それは「美味しいから」「静かだから」という理由の他に「客層が良いから」というのが私の答えだった。同じ空間を一緒にする人達が、礼儀正しく、清潔感が有り、ニコニコしていると、とても心地よい。それは食事を味わう「空間」「環境」の1つの要素でも有る。

たとえ個室であっても、廊下ですれ違ったり、会計で一緒になることもある。そんなときも決して雰囲気を壊すことがないのが良いのだ。

そういう店に行けるようにマナーを身に着けたい、という人もいるかもしれないけど、そうじゃない。そういう店に行っているからマナーのある客になれると言った方がいい。なので、ちょっとばかし背伸びしてでも、良い店に行ったほうが良い。そうすれば例え、場末でカオスでダーティーな立ち食い蕎麦屋さんだっとしても、紳士淑女的な振る舞いができる。

愚痴るなんてネガティブなことは普段からしない。それになんの生産性もない。ストレス解消に愚痴っても、プラスにも、マイナスがゼロにもならない。

じゃなくて、
会社なら辞めて環境を変えちゃえ、
先生に頼らず子どもの成長は自分が責任を持て、
家族は変えられないのだから、すべてを受け入れ自分を見つけろ。

そうさ、

変えられるのは自分自身だけなのだから。