馬鹿な大人の存在に気がついた中学時代

なにげに昔話…

私の母親は「先生のいうことは聞きなさい」という感じで、大人のいうことを聞け、権威ある人のいうことは聞け、という風に教育されてきた。

年齢が上=経験が多い、権威が上=知識・能力が優れる
ということなので、ある意味では正しい。

中学時代までほぼ先生のいうことは絶対だと信じて行動していた。
言い間違いや勘違いがあっても、自分に非があると思い込んでいた。

そんな中学時代。

なんとなく本当に何となくだけど「大人って偉いのか?」という疑問を持つようになった。

テレビでは犯罪者は大人ばかりだし、品のない笑いをとる芸人もいる。

「大人ってなんだ」といろいろと考えていた。
それが自我の目覚めだったのだと思う。

そこから今までの自分の中の常識が崩れ始めた。
すぐに「馬鹿な大人は存在する」ということに気がつき、”大人の言うことは絶対ではない”という確信を得た。

しかし、そうはいっても脳が柔らかい時期に植え込まれた「大人のいうことを聞きなさい」「権威ある人のいうことを聞きなさい」という思考回路は簡単に書き換えられるものではない。

長い長い時間をかけて、「自分で考え、決断する」ようにシフトしてきたような気がする。

知識があればできるわけではない、脳が勝手に判断を下すぐらいに刷り込んでいかないといけない。

すると、あたかも生まれながらに持っている能力のように実力を発揮できるようになる。

残念なことだが、99%の人は「権威者の言うことを聞け」という教えをすり込まれている。
この刷り込みをぶち壊す方法は、権威者の知識ではない。

自分で考え続け、決断し続けることで、ようやく身につく能力なのだから。

セミナーに参加した、ノウハウを読んだ、メルマガを読んだ。
その時の感想は「なるほど」で済ませてはいけない。

「なるほど、しかし…」と最後に疑問符をつけてみる。

あらゆるものに疑問符をつけていくと、何も信じられなくなる。
IBCで言えば、たとえ和佐さんが明言したことであっても。

「今はこれです」といわれても「なるほど、しかし…」と疑問にする。

自分で決断することはつらい。責任が伴うから。
しかしそれ以外に自分で成功する道はないと思える。

守破離って言葉がある。
教えを守って、教えを破り、教えから離れる。ってこと。

ずっと守り続けていたら、破るときは絶対に訪れない。
「破る」ことを意識して、「守る」から、いつか「破る」ときがくる。

だから、やっぱり思う「自分で考え、自分で決断する」ってこと。
最後にまとめると、いつもの言葉だけど、背景は深いのだ。

IBR

Posted by よっしー