世の中、銭ずらー

この間「デスノート」って映画をテレビで放映してた。
この映画がきっかけで松山ケンイチは一躍有名人に。

その後のドラマで主演したのが「銭ゲバ」
貧しい子供時代、信頼してた近所のお兄さんに盗みをしたことを
咎められて、反発した勢いで殺害してしまう。
以後「金のためなら何でもする。金があれば幸せになれる」と
手段を選ばずに金を得ることに必死になる。

てなドラマ。
このドラマはかなり面白いので、ビデオで見てね。

さて、このドラマの最終回が印象的。
(おいおい、ネタバレかよ)
スタートから変な感じ。

 殺したいほど憎んでいた父親と一緒に酒を飲み、
 「就職祝いだ」とほほえましい光景。
 どこにでもあるような家族団らん。
 友人たちとの楽しそうに笑っている。

そんなシーンが延々と続く…。
ここで気づかされるのが「ほんの少しお金」があるだけで…。
そー、すこしお金があれば、普通の生活をしていたに違いない。
そんな無言のメッセージが映像で語られる。

逆にもし、空腹の余りに盗みするような生活をしていたら、
僕も、この主人公のようになっていたかもしれない。

そんなことを考えさせられる最終話になっている。

チャップリンのライムライトという映画にも有名な台詞がある。

「人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ」

相田みつをもお金に関して語っている。

「金が人生の全てではないが 有れば便利 無いと不便です 便利のほうがいいなぁ」

生きていく上でお金は絶対的に必要。
それが社会の仕組みとして組みいられているからだ。

あるスピリチュアルのミュージシャンが
「お金が無い世界って、素敵だと思いませんか?」と
言っていたが、僕的には「は?」っと思った。

ついでに僕は「清貧」という言葉も好きじゃない。
「清い」ことと「貧しい」ことは、ぜーーーーぜん関係ない。

辞書を引くとこういうことが書いてある。
「私欲をすてて行いが正しいために、貧しく生活が質素であること」

意味が分からん。

言っておくが、
金持ちは派手な生活も出来れば、質素な生活も出来る。
だが、貧しければ質素な生活しかできない。
貧しい故に質素な生活を「選ばざるを得ない人」と、
金持ちだけど自分の意志で「選ぶことが出来る人」では、
どっちが素晴らしいだろうか。

まー、確かに強欲なお金持ちもいるけど、それは同じような貧乏人もいる。
ドラマ「銭ゲバ」の主人公みたいにね。

質素なのか、強欲なのか、それは「お金を持っているか、いかないか」とは全く関係ないので一緒にしないで欲しい。

死にそうなぐらい貧しい人は、ここにはいないはずだ。
IBCの会費を払えるぐらいだからね。^^

ほんの少しのお金を持っている僕らは幸せだね。
だけど、お金持ちになるように日々活動していくのだ。
そしてお金持ちになっても清い心は持つのだーー。

ん?今は清いか?うーん、どーだろー。