【日々達観】川の流れに感じる「人生」

今日書いたメルマガ用の原稿なんだけど、個人的にはいい感じなので転載。
だけど、この手の内容って人気無いんだよねー。

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昨日、iTunesの何気なく観ていたら「ザ・クラシック70」と
いうものを見つけました。
どっかで聴いたことのあるクラシック曲が70曲。

お値段、なんと1500円。

どういう価格設定なんだ。^^

6時間分ぐらいの音楽。CDだと6枚ぐらいになるけど、
ダウンロードだから関係ないですね。
今回、その第2弾である「ザ・クラシック70II」を購入しました。

なぜ「II」にしたかというと、僕の大好きな「モルダウ」が入っていたから。

中学生時代に音楽室で聴いたのが初めて。
その1回で完全にハートを鷲掴みされて、
学生時代はメチャメチャ聴いてました。

流行曲に全く興味が無くて、クラシックを聴く中学生。
なんか優等生っぽいですよね。
でも実態は英語のテスト9点とか、全然勉強できない子でした。^^

モルダウという曲は「モルダウ川」をイメージした曲。
向こう岸が遙か遠く、穏やかに流れゆく川の雰囲気が伝わってきます。

youtubeにあったので貼っておきます。絶対聴いたことがありますよ。
http://bit.ly/Smetana_Vltava

昔からなぜか川の流れをじっと見るのが好きでした。
旅行先でも川辺を見つけると観光もせずにじっと流れを観ていたりします。

なんでだろーなーー。

常々思っていたのですが、ちょっと分析してみると…。
「流れ行く水」に思いを馳せるからだろうなと感じたんですね。

今、川辺にいることを想像してみてください。
川の流れゆく音を感じてみてください。

今、その瞬間に「一滴の水」が流れ去っていきます。
大きな川でも、それは一滴の水の集合体です。

その一滴は山の上から流れ出てきました。
最初は本当にたった一滴だったはずです。
それが合流しあうことでいつの間にか川の一滴となります。

その一滴はどんどんと川を下っていき、川辺にいるあなたの
目の前を通って、さらに流れていきます。

この一滴はどこへ行くのか。
もしかしたら飲み水になるかもしれないし、工業用水になるかもしれない、
タダ何もなく海まで流れ着いて、海の中の一滴になるかもしれない。

あなたはずっと川を見つめています。
水はとどまることなく流れ続けています。

一見、当たり前に見える光景も、
たった一度だけ通過する一滴の集まりで作られているのです。
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僕は川を観るたびにそんな思いが浮かんできます。

僕らの人生だって、このたった一滴の水のようなものです。
歴史から観れば「一瞬目の前を通り過ぎた一滴の水」かもしれません。

時代に翻弄されながら、ただ流れゆく感じかもしれません。

ただし、川の一滴と、僕らの一滴は、決定的に違うことが一つあります。

それは「自分の人生を自分で選択することができる」と言うことです。
川の一滴はタダ流れ、たどり着く結末を選んでいるわけではありません。
しかし、僕らは自らそれを選択し、実現させることができるんです。

流れゆくタダの一滴になるのか、自らの意志で道を選ぶ一滴になるのか。
それはどこの誰かに委ねることではなく、あなたに100%決定権があります。

この世の中、時代の流れに乗っていれば「とりあえず生きられます」
それはまさに川流れに流されているだけの状態です。

それでいいのか?

ただ流れに流されないように、自ら道をきめていきたいですよね。

このメール「モルダウ」を聴きながら、書きました。