子どもに信号無視の仕方を教えた

2018年3月20日

子ども(中学1年生)と一緒に歩いているとき、信号に差し掛かる。ちょうど赤。当然のように歩みは遅くなり、交差点の手前で止まる。

「さ、いくぞ」と赤信号を渡り始める。
「え!赤だよ」とわが子とは驚く。
「いいんだ。いこう」とそのまま渡りきる。
「生まれた初めて赤信号無視した(驚)」と呟いていた。
「いいか、ルールとは何か?を考えるんだ」と語りかける。(続く)

中学生で赤信号無視初体験というのは「マジメか!」とツッコミ入れたくなるんだけど、それだけ「真面目に育った」ということなんだろうな。いい子だな。^^

さて「赤信号で渡る」だけを聞くと「常識がない」と怒り出す人もいるだろう。
だが、気をつけて読んでほしいんだけど、状況を書いていないよね。バンバン車が走っているところでは、危ないから信号無視をするはずがない。

そう、このとき360度どこにも車が見えず、人も見えず、自転車も見えない状況下にあったのだ。それでは、話の続き。

「ルールとは、みんなが守るから効果がある。ひとりだけ無視するやつがいたら?」
「それはダメでしょ。危ないし、迷惑」
「だね。では、みんなが守らないとき、ひとりだけ守っていたら?」
「みんな信号無視しているとき?青信号でもアブねー。(笑)」
「そう、アホみたいに『青だから安全だー』とか言っている場合じゃないだろ」
「たしかに(笑)、事故ったら自分は悪くないけど、痛い(笑)。それはノーサンキュー」
「つまりは、ルールは守る人がいるから成り立つということだな」
「うん、わかる」

「では、誰もいない無人島の交差点で、赤信号だったらどうする?」
「青になるまで待つよ。それがルールだから。俺、そういうタイプ」
「おいおい、ルールは守る人がいるから成り立つだぜ」
「んー、よくわからないけど、俺は守るよ。そう決めている」
「ルールとは効率よく共存するための約束なんだよ。1人だったら意味なくね?」
「じゃ、無人島では赤信号で待つと意味ないってこと?」
「何も考えてない、ただの馬鹿だよ(笑)」
「えーーーっ」

自分自身にルールを課すことはある。それでさえ「未来の自分と、効率よく共存するための約束」と言うことができる。みんなが信号を守るというルールがあるから、青信号で渡る時の「安全の確立」が高くなる。逆にみんなが信号を守るからこそ、赤信号で渡ろうとすると危険度が増す。

しかし、その「みんな」が存在しない環境において「みんな」とのルールに縛られる必要はない。それでもルールに固執するとしたら、むしろ弊害を生む。どんな弊害かというと「無思考」になるということ。

ルールに無条件に従っていれば安全安心と考えるのは、ある意味「思考の放棄」とも言える。ルールに無条件で従った結果、問題が起きて「俺は悪くない!」というのは「責任の放棄」だ。自分の生命と財産は自分で守らないと。(このブログのタイトルでも叫んでいるけどね)

「なぜ、このルールは存在するのか?」を考えていけば、いつ守り、いつ破れば良いのかが自ずとわかってくる。なにごとも、その根本について考えるということは、とても重要。

念のため付け加えておくけど、中学生というある程度、自己判断できる年令になってきたから、今回のよう思考訓練をやってみた。小学生の段階では「赤信号では渡らない。青信号でも注意する」という伝え方のほうが良いだろう。