コンテンツ作りを継続中

black Red camera
Photo by Zach Vessels on Unsplash

コンテンツ作りリハビリ中と書いたのが昨年の12月4日。もう2ヶ月も経過している。その割にはまだ完成していない。(おいおい)

昔の感覚はだいぶ取り戻してきたけど、なんだか最初から勉強し直しすぐらいの勢いで、本を読んだり、過去の自分のメモを見たりして、マインド的な部分もリハビリをしている感じ

集客用の動画をパワーポイントで作ってみて、ビジネス仲間に見てもらった。25分ぐらいの動画。喋り方とは問題ないんだけど、やはり内容にダメ出しがいっぱい

情報開示の順番、突然の話の飛躍、ターゲットの不明確さなど「うん、たしかに!」ということが山程でてきた。誰でも情報発信するときは、それがベストだと思って世の中に出している。しかし、そういうのはほとんどの場合、独りよがりで理解されないものになりやすい

あれもこれもと言いたいことを言い連ねていくので、全体像が見えなくなりやすいのだ

あと「顔出ししていいんじゃないかなー」とか「本名でいいんじゃないかなー」という意見もあった。昔は顔出し、本名でやっていたし、特に怪しい商売をするわけでもないので、信用を得やすいという意味で良いかもと思ったり…

顔出ししなくても、本名じゃなくても、ビジネスはできるし、信用も信頼も得ることはできる。だけど、少し遠回りになる。「第一印象が大切」なのは間違いない。その最初の接点が、謎の人物&ニックネームよりは、本人の顔が見えて、本名(と思える名前)のほうが良いのは確実だ

というわけで、そのあたりも踏まえて、動画を作り直し中。
特にダメ出しが多かった前半部分は全面改訂

ビジネスの全体像が見えない

と、いや、待てよ。一旦立ち止まった。「なんだか全体像が見えないぞ」という気持ちになった

例えるならば、大河ドラマの第1話を作ろうとしているところだ。だとしたら、その中に伏線やら重要人物の配置とか、興味性を最初に持たせたり、わかりやすくするためにあえて情報を非公開にしたりする必要がある

そうだな…アニメだったら「進撃の巨人」のように…。全体を像を見ると大河ドラマのようなおもしろさ、歴史や個々人の信念が入り乱れているものをうまく整理して見せる必要がある。だけど第1話は興味性が最優先で、その中に密かに伏線を張り巡らせる感じ

動画づくりを一旦止めて、まずはマインドマップを使って、全体を理解するための情報の書き出しを行った。そのときに単に「儲かります」というわけではなく、その先にあることを意識して、人生のゴールを意識しながら書いていく

儲けたいだけなのか?
感謝されたいのでは?
必要とされたいのでは?
自由でありたいのでは?
自分の人生に意味を見出したいのでは?

という具合に抽象度を挙げたり下げたりしながら、本当に自分がやろうとしていることを探っていく。これ結構、難しかったりする。無意識下で考えていることが山ほどある。それらが言葉として定義されていない、表層にでていないことはたくさんあるからだ

このあたりを時間をかけて、探り出していた。ようやく一段落ついたところで全体を見直してみると…うむ、良い感じになってきた

誰もが生きている中で、乗り越えたきたことがある。成功談、失敗談がある。そして、それを引き継ぎたいと思っている。我が子や、後輩などに。そうすることで、成功体験を真似て、もっと成功dけいる。失敗体験を繰り返さないように回避できる。それらを拡散し、みんなが実践することで、世の中全体がプラス方向に進むではないか

世の中全体的な影響までを考慮したとき、とても気持ち的にスッキリしてきた。目の前の、一時的な成功(例えば、儲かるとか)ではないことが気持ちが良い

第一話を作る

ビジネスの全体像を意識しながら、今度はやろうとしたいた「最初の動画」のシナリオを考え始めている

まるで映画のシナリオを書くように意識しながら書いている。映画が始まった直後、観客は何も情報がないままだ。そこに最初に興味性を惹かせて、もう少し見ようを繰り返しながら最後まで見てもらえるように努力する

「これは続きを見る価値がある」ということを1分単位、1秒単位で計算しながら書いていく必要がある。情報が多すぎてはいけないし、少なすぎてもいけない。突拍子がない話は白けるし、予測できる展開はツマラナイ

まったくもって、ビジネスにおける訴求動画を作ることは、映画のシナリオを作ることと告示しているんだな…うむ

「シナリオ作りだ」と思うようになってから、むしろ書きやすくなってきた。兎にも角にも「面白い」という気持ちを最後までキープさせることを意識して書いていく

まだまだ、先は長いぞ