お父さんだって怒るときはある

2021年6月14日

我が子(高校2年生)の趣味はガンスピン。モデルガンをくるくると回して、ホルスターにスッと差し込む。繰り返し繰り返し練習しているので、人前で披露しても「おぉ」と言われるほどになってきた

その練習なのだが、うっかりモデルガンを落としてしまうことがある。ガンッという音とともに床に傷がつく。賃貸マンションで床に傷をつけるというのは…退去のときに修繕費用を請求されてしまう

リビングに居ると子供部屋から「ガンッ」「ガンッ」という音がするので対策するようにした。それは「落とさないように注意する」のではなく「落としても問題がない」という工夫する。余っていたストレッチマットを部屋に敷く。細長いマットなので、ベッドと本棚・タンスの合間にきれいに収まり、落としても大丈夫になってきた

同時に「なぜ傷をつけてはいけないのか」も説明。日常使いによるキズならば問題はない。しかし、過失によるキズは入居者が修繕しなければならない。壁紙の張替えと違い、床の修繕には多くのお金がかかる

が、しかし、その後もときどき「ガンッ」という音がする。マットがないところに落としているのだ。ときどき注意はしていたのだが、ある日、床に大きなキズを発見する。これまでの「凹んでいる」というレベルじゃなくて、床に深く削ったような跡が残っていた。これは…怒らなければなるまい

怒りの感情がモヤモヤが駆け巡るが、そこは一旦冷静になり、私自身に「なぜ、怒っているのか?」「この怒りを伝えることで子供には何が伝わるのか?」をグルグルと思い巡らす。勢いで怒ることは簡単だけど、それが我が子にとってプラスにならないず、単なるストレス解消になってしまう

付箋紙の登場

正方形の大きな付箋紙に「このキズの説明と、ネットで『退去時 床 修復』で調べて、修理代を払え」と書いて、床の深くえぐれたキズの部分に貼り付けておいた

子供は学校から帰ってきてそのまま自分の部屋へ(玄関のすぐ横)。夕飯の時間になって顔を出してきた。さて、例の話をしようか…食事をしながら「メモを見たか?」「見た」という会話をする

私「お父さんは、いまとても怒っている」
子「うん」
私「あの床のキズはどういう理由だ?」
子「モデルガンを落として時にキズがついた」
私「それで?」
子「修理は3x3cmで3万円ぐらいかかるらしい」
私「では3万円を支払うんだな」
子「敷金から差し引かれるから大丈夫みたい」
私「それって『お父さん、払っておいて』と同じじゃないか」
子「…」
私「なんでキズがつくの?マットの上でやっていないのか?」
子「しょうがないよ。マットの上だけど、飛んでっちゃうことがあるんだよ」

うむ、やはりこういう展開になってしまうのか、やはりきちんと伝えなければならないな…

ポイントとしては、まず「なぜ、怒っているのか?」ということを全く考慮していない。キズをつけるなと言われたのにキズをつけた、しかも「しょうがない」と悪びれることもない。まさに火に油を注ぐ行為

私「今後、社会人になったときに会社の上司やお客さんから怒られることがある、そういうときに『相手の感情』をまず理解するようにしろ。一番腹立たしいのは『この気持を理解していない』ということだ」

私「ただ『すぐに謝れ』と言っているんじゃない。『怒っている感情を理解しろ』と言っているんだ。そして謝るべきときは直ちに謝れ。そんなときに『しょうがないよ』なんて言ったら、本気でブチ切れられるぞ。まさに今回は詫びることなく、開き直ったのだから、最悪の対応だ。余計に怒らせたぞ」

私「それから、言いなりになるな。ミスに付け込んで好き放題言うやつがいる。人の弱み(ミスなど)を見つけてら突然強くなるやつがいる、そういう奴らの言いなりになるな。『修理代を払え!』と言われても、必ず交渉しろ。いつも言っているだろ『交渉しろ』と。いかに不利な状況であってもだ」

強いメッセージを冷静に淡々と伝えていった。我が子との生活は、我が子が独り立ちするときに必要なことを学ぶためにあると思っている。だから、未来につながるように怒らないといけない

親「今の話を踏まえて、最初に戻ろう。床のキズはどういうわけだ?」

私が本気で怒っていること、自分がやってしまった壮大なミス(キズをつけ、その報告の仕方のミス)を悟ったためか、ホロホロと泣き始め、涙が止まらなくなったようだ

子「…ごめんなさい…」とやったの思いで声に出す

交渉というのはさすがに思いつかなかったようなので助け船を出す。「例えば『もう二度とキズをつけないから、今回は見逃してください』という風に交渉するんだ」。その言葉を子供が反復する

子供は入り乱れる感情に涙がどんどん止まらなくなってきた。一旦に部屋に戻るように伝え、落ち着いたら食事の続きをするように伝える

今日の一件はとてもつらい出来事だっただろう。だけど、きっと大きく成長した瞬間だったと思う。学びは感情を伴う場合がある

昔々、自分のこと

実は、今回のようなことが私自身にもあった。中学生の頃だったと思うが、駅前に置いていた自転車が盗まれてしまった。駐輪場をいくら探しても見つからない。諦めて自宅に帰った

食事の時間に「自転車盗まれちゃったよ」と軽い調子で話した。父が「探したのか?」と聞いてきたので「もうないよ。しょうがないよ」とサラッと返事をした。その瞬間、父がブチギレた。「今すぐ探してこい!見つかるまで帰ってくるな!」

怒りっぽい父ではあったが、その怒りは凄まじかった。逃げるように家を出て、駅前に到着。なんとかして見つけなければならないと必死に探した。でも見つかるものではない。真っ暗になっても見つからない。深夜近くまで宛もなく歩き続けた。「見つかるまで帰ってくるな!」という声がリピートして、帰るに帰れない

探し歩き回り、疲れ果てて、家路についた。もはや疲れのあまり、何も考えられず、勝手に足が家に向かっていたという感じだった

帰宅すると、父は友人とリビングで談笑中だった。母は私を探しに歩き回ったと後で聞いた。自分の部屋に戻り、一人でひたすら泣いていた。父は会社を立ち上げ、大変苦労して大きくしていった。だから、お金を無駄にするような行為を許さなかった。それを理解しているのに「しょうがないよ」という軽さで終わらせようとした、自分のミスを反省したのだろう

父とて本気で見つかるとは思っていないだろう、ただ「探す努力をしない」という行為が許せなかったのだと思う

父はいつも怒りっぱなしだった。その部分は子供なりに嫌だった。それが先に上げた会話に反映されている

まず「怒っている」ということを伝え、「なぜ怒っているか」を伝え、「落ち着くまで自分の部屋に戻れ」と伝え、戻ってきたときは、いつもと同じように接した。普段どおりであることに安心感があるからだ

私の記憶の限りでは、子供に対してこれほど怒りを伝えたことはない。今回の件は子供だけではなく、私自身にも大きな学びとなった。ときに強く怒る必要があるということだ