細部に凝り始めるときりがない

新しい商品の販売を準備中。その過程で、自作のアプリを使っている。WordpressやLINE関係のアプリで対応できないことを実現するため。結構良いアプリで「有料販売してもいい」というレベル(でも、サポートが大変だから販売しないけど)

さて、自作のアプリ故にいろいろと改造することができる。使っていると「ん?ここ、なんか気に入らない」と思うと、開発環境を起動して、気がつくと修正作業を始めてしまうのだ。細かな手直しをひたすらに加えているので、ドンドン使いやすくなっていく。

昨日はページ一覧を表示する際に「親ページ」と「子ページ」の区別がしにくい部分を調整した。cssをひたすらに調整。フォントサイズをboldにしたり、枠線を使ってみたり、背景色をつけてみたり。試行錯誤を繰り返しながら、スッキリしつつも、ハッキリと分かるというレベルに仕上がった。長年、気になっていた部分なので、良い感じに仕上がったのに満足している。

それはいいんだけど、これを続けているとドンドンと時間がなくなっていく。このアプリの調整作業というのは、生産性がなにもない。デザインが良くなったおかげで、このアプリを使うときの作業効率は向上したと思う。たとえ1%の向上であっても、それが積み重なることで多大の時間を省略することができる(はず)。でも、やはり…それよりも商品自体を作れよと…。

いかんなーと思いつつも、気になるところは修正しちゃうよね。もはや性(さが)と言ってもいいんじゃないだろうか。

悪いことばかりじゃない。もう書いたけど「少しずつプラス」に向かっているのだから、きっとトータル的に見ればプラスなんだ。そして、新商品準備中で販売用の設定をガシガシやっているからこそ、気がつく。「落ち着いたらやろう」なんて考えていたら、絶対ヤラないものね。

「後でやろう」というのはNGワードとして、子供によく話している。先延ばしにすることは永久に先延ばしにだってできる。そうならないように「今すぐやる」「前倒しでやる」ということを子供に伝えているし、自分自身にも日々気をつけるようにしてる。だから、やる。

あれ?なんか、終わりのない微調整作業を正当化しているような気がしてきたぞ。ま、いいか。

実のところ、アプリを弄っているのは楽しいんだよね。プログラミングというのは自分でパズルを作って、自分で解くような行為。そして、芸術作品がそうであるように手を入れていくと終わりがない。やっぱり楽しいね。